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東京地方裁判所 平成10年(ワ)13395号 判決

原告

有限会社ハラダゴルフ

右代表者代表取締役

原田喜代春

右訴訟代理人弁護士

高橋修

被告

シチズン商事株式会社

右代表者代表取締役

神谷明

右訴訟代理人弁護士

吉井参也

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、別紙目録記載のキャディバッグを販売してはならない。

二  被告は、原告に対し、金七五〇万円及びこれに対する平成一〇年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、被告が輸入、販売する別紙目録記載のキャディバッグ(以下「被告商品」という。ただし、被告は、別紙目録記載の図面について、ショルダーベルトが付加して記載されるべきである旨主張する。)は、原告がアメリカ合衆国(以下「米国」という。)のキャロ・デポルテ社(以下「キャロ社」という。)から輸入して販売するとともに同社の許諾を得て第三者に製造させて販売するスーパーラップ型と称するキャディバッグ(以下「スーパーラップ型キャディバッグ」という。)の形態を模倣した商品であり、被告による被告商品の販売は不正競争防止法二条一項三号所定の不正競争に当たるとして、被告商品の販売の差止め(同法三条一項)及び損害賠償(同法四条)を求めた事案である。

二  争点

1  スーパーラップ型キャディバッグの形態を模倣した商品の販売に対し、原告が、不正競争防止法二条一項三号に基づく差止請求権及び損害賠償請求権の主体となり得るかどうか。

2  被告商品の製造、販売につき、キャロ社又は原告の許諾があったかどうか。

3  原告の損害額

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告の主張

(1) 原告は、米国のゴルフ用品メーカーであるキャロ社との契約に基づき、同社が製造する全商品を日本国内において独占的に販売する権利を有する。

(2) キャロ社は、平成七年に、従来他社が数枚の革をつなぎ合わせて作っていたキャディバッグを一枚の革で仕上げたキャディバッグ(ボクサー型)を新しく考案し、さらに、その後、これを改良して、バッグの本体の表面上に大きい英文字を斜めに横切るように記入したスーパーラップ型キャディバッグを考案した。

(3) 原告は、社団法人日本ゴルフ用品協会が平成八年二月一五日から三日間東京で開催した東京国際見本市に、キャロ社製のスーパーラップ型キャディバッグを日本で初めて公開・出品して好評を得、それ以来、日本国内において、キャロ社との前記契約に基づいてキャロ社が米国で製造したスーパーラップ型キャディバッグを輸入して販売するとともに、キャロ社の許諾を得て韓国のメーカーに製造させたスーパーラップ型キャディバッグを販売してきた。原告は、これまでに、日本国内において、スーパーラップ型キャディバッグに関し、多額の宣伝広告費と多大な労力をかけて販路を開拓・拡大してきた。

(4) 不正競争防止法二条一項三号の趣旨は、「他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡等する行為が不正競争と観念されるのは、先行者が資金・労力を投下して商品化した成果にフリーライドすることが、競争上不正と観念されるからである」(通商産業省知的財産政策室監修「逐条解説不正競争防止法」三九頁)と説かれているところ、右のような同号の趣旨に照らせば、本件において同号によって保護されるべき利益を有するのは、スーパーラップ型キャディバッグの形態を創作したキャロ社ではなく、前記のとおり、これを日本の市場において商品化するために多くの資金と労力をかけ、リスクを負担してきた原告というべきである。右のとおり、原告は、スーパーラップ型キャディバッグの形態を模倣した商品の販売によって「営業上の利益を侵害される者」であるから、右商品の販売につき不正競争防止法二条一項三号に基く差止請求権及び損害賠償請求権を有する。

(5) また、平成五年法律第四七号による改正前の不正競争防止法(以下「旧法」という。)一条一項一号又は二号に関する裁判例として、①フランス法人が製造・販売する周知のロンシャン図柄を付した皮革製品を独占的に輸入・販売している原告について、原告の販売努力が右図柄を日本において著名なものにしたとして、原告に差止請求権を認めた事例(大阪地裁昭和五六年一月三〇日判決・無体裁集一三巻一号二二頁)、② アメリカのプロフットボールチームの名称及びシンボルマークについて、その独占的使用権及び再使用許諾権を与えられた者に、差止請求権を認めた事例(最高裁第三小法廷昭和五九年五月二九日判決・民集三八巻七号九二〇頁)があり、これらの判例理論を現行の不正競争防止法二条一項三号に類推すれば、スーパーラップ型キャディバッグについて、日本において、少なくとも独占的な輸入・販売権を有する原告が、被告による模倣品の販売という不正競争によって、営業上の利益を侵害されていることは明白であるから、原告は、差止請求権及び損害賠償請求権を有する。

(二) 被告の主張

不正競争防止法二条一項三号に定める不正競争行為の類型が定められたのは、商品形態の新しいデザインを考え、それを製造して市場に提供する開発者の利益について工業所有権法の諸法に基づいて保護を求める方法はあるものの、それらの方法が必ずしも十分でなく、適時に効力を発揮するものでもないところ、他方、右のように開発された商品形態をデッド・コピーすることは容易であり、これによって開発者の企業努力が水泡に帰することにもなりかねないことから、商品形態の点において、それを開発した者の保護を目的としてのことというべきである。

本件においては、原告の主張するところによれば、スーパーラップ型キャディバッグの形態を考案して製造販売したのはキャロ社であるから、前記のような不正競争防止法二条一項三号の趣旨からすれば、同号に基づく差止請求権及び損害賠償請求権を有するのは商品の開発者であるキャロ社であって、原告ではない。

原告は、スーパーラップ型キャディバッグについてキャロ社との契約により日本国内における独占的販売権及び米国を除く国と地域における製造権を有する旨主張するが、これによってキャロ社から原告に何らかの権利が積極的に付与されるものではないし、また、事実状態に基づいて保護を図っている不正競争防止法においては、開発者が有する差止請求権を他者に移転することは予定されていないのであるから、保護の範囲は同法が本来目的とする範囲にとどまるべきものである。

2  争点2について

(一) 被告の主張

被告商品は被告がカレラ・ゴルフ社から購入したものであり、カレラ・ゴルフ社はこれを韓国のメーカーに委託して製造させたものであるところ、カレラ・ゴルフ社が韓国のメーカーに被告商品の製造を委託した行為及び被告がカレラ・ゴルフ社から被告商品を購入して日本において販売した行為は、キャロ社の副社長で原告の取締役でもあった宮下幸徳を通じ、キャロ社及び原告の許諾の下にされたものである。

したがって、原告は、被告に対し、被告商品の販売について、差止めないし損害賠償を請求することはできない。

(二) 原告の主張

被告の主張を争う。

3  争点3について

(一) 原告の主張

被告が被告商品二五〇個を販売して得た利益は七五〇万円であり、右金額は、被告の不正競争によって原告が受けた損害の額と推定される。

(二) 被告の主張

原告の主張を争う。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  不正競争防止法二条一項三号に基づく差止請求権・損害賠償請求権の主体について

(一) 不正競争防止法によれば、不正競争行為により、営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれがある者は、侵害の停止又は予防を請求することができ(同法三条一項)、営業上の利益を侵害された者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる(同法四条)ものであるが、不正競争防止法二条一項三号に規定する不正競争につき差止請求権及び損害賠償請求権を有する主体は、同号の規定によって保護された「営業上の利益」を有するものである。

(二)  不正競争防止法二条一項三号の趣旨につき考察するに、他人が資金・労力を投下して開発・商品化した商品の形態につき、他に選択肢があるにもかかわらずことさらこれを模倣して自らの商品として市場に置くことは、先行者の築いた開発成果にいわばただ乗りする行為であって、競争上不公正な行為と評価されるべきものであり、また、このような行為により模倣者が商品形態開発のための費用・労力を要することなく先行者と市場において競合することを許容するときは、新商品の開発に対する社会的意欲を減殺することとなる。このような観点から、模倣者の右のような行為を不正競争として規制することによって、先行者の開発利益を模倣者から保護することとしたのが、右規定の趣旨と解するのが相当である。

(三)  右によれば、不正競争防止法二条一項三号所定の不正競争行為につき差止めないし損害賠償を請求することができる者は、形態模倣の対象とされた商品を、自ら開発・商品化して市場に置いた者に限られるというべきである。

2  本件において、原告が不正競争防止法二条一項三号に基づく差止請求権・損害賠償請求権の主体となり得るかどうか。

(一) 前記第二、三1(一)(1)ないし(3)の原告の主張によれば、原告が形態模倣の対象とされた商品として主張するスーパーラップ型キャディバッグの形態は、平成七年ころに、米国のゴルフ用品メーカーであるキャロ社が考案したものであり、原告は、平成八年二月ころから、同社との契約による日本国内における独占的販売権に基づき、キャロ社の製造したスーパーラップ型キャディバッグを輸入するとともに、同社の許諾の下で韓国の製造業者にスーパーラップ型キャディバッグを製造させて、日本国内で販売してきたというのである。右のような原告主張事実を前提にすると、スーパーラップ型キャディバッグは、キャロ社が米国において開発・商品化して市場に置いたものというべきであり、他方、原告はキャロ社が開発・商品化したスーパーラップ型キャディバッグを同社から輸入し、あるいは同社の許諾の下で第三者に製造させて、これを日本国内において販売しているというのであるから、単に輸入業者として流通に関与し、あるいはライセンシーとして同種製品の製造の許諾を受けたものにすぎず、原告自身がスーパーラップ型キャディバッグの形態を開発・商品化したということができないことは、明らかである。

したがって、原告は、その主張する事実を前提としても、スーパーラップ型キャディバッグの形態の模倣行為に対して、不正競争防止法二条一項三号に基づく差止請求権ないし損害賠償請求権の主体とはなり得るものではない。

(二) 原告の主張するところは、原告は、スーパーラップ型キャディバッグを初めて日本に紹介し、以後日本においてこれを独占的に販売し、これまでに多額の宣伝広告費と多大な労力をかけて販路を開拓・拡大してきたものであって、スーパーラップ型キャディバッグを日本の市場において商品化するために多くの資金と労力をかけて、リスクを負担してきたということができるから、このような原告の営業上の利益は不正競争防止法二条一項三号によって保護される、というものである。しかしながら、ここで原告が主張する資金と労力の投下及びリスクの負担は、スーパーラップ型キャディバッグの形態を開発・商品化することに関してではなく、キャロ社によって開発・商品化されたスーパーラップ型キャディバッグを自らが日本国内で販売するに当たっての販路の開拓・拡大に関してされたものというべきである。前記1で述べたとおり、不正競争防止法二条一項三号は、商品形態の開発・商品化に関わる営業上の利益を保護する趣旨の規定であるところ、右によれば、原告が右のような利益を有するということはできないから、原告の主張は採用できない。

(三) また、原告は、前記第二、三1(一)(5)記載のとおり、旧法一条一項一号又は二号に関する裁判例の理論を現行の不正競争防止法二条一項三号の場合に類推すべきである旨を主張するが、旧法一条一項一号及び二号は現行の不正競争防止法二条一項一号に対応する規定であり、商品の出所又は営業の主体を示す表示として周知なものにつき出所や主体の混同を生じさせる行為を規制する趣旨のもであるから、右の不正競争行為に対する差止請求や損害賠償請求の主体については、当該商品表示又は営業表示が何人のものとして取引者・需要者の間で周知になっているかによって判断されるべきものであるのに対し、同法二条一項三号の趣旨は前記1(二)のとおりであり、差止請求や損害賠償請求の主体についても、前記1(三)のとおり右旧法一条一項一号及び二号の場合とは異なる観点から判断されるものであるから、原告の右主張も、また、失当というべきである。

二  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三村量一 裁判官長谷川浩二 裁判官大西勝滋)

別紙目録〈省略〉

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